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総本家駿河屋の真善美 - sense of beauty

 

少し前のこと、南海和歌山市駅そばの和歌山市立博物館で行われていた駿河屋の菓子木型展「美尽し善極める」に足を運んできました。

 

駿河屋はもともとは15世紀に京都の伏見で創業した鶴屋という和菓子商です。紀州徳川家の初段藩主・徳川頼宣が伏見で暮らしていた頃、鶴屋のお菓子に親しんでいたことから、紀州徳川家で召し抱えられることとなり、現在の和歌山市駿河町に店を構えることとなりました。その後、屋号が駿河屋に変わっていますが、将軍家から鶴姫とよばれる女性が紀州徳川家に嫁入りしたとき、当時の紀州藩主が「鶴」という文字を使うことを禁止したためです(余談ですが、井原西鶴も雅号を井原西鵬としています)。

 

(総本家駿河屋制作の復元菓子。銘は「和歌の浦」とあるのですが、不謹慎ながら「壇ノ浦」に見えてしまいました。)


駿河屋の作る落雁はその完成度の高さから紀伊続風土記などで「美尽し善極めたる」とたたえられ、今回の展示はその一部がタイトルとなっており、入口には実際に復元された落雁が展示されていました。

いずれも壮観というべき作品ばかりですが、藤色なんかはどうやって出したんだろうとふと思いました。

 


今回の展示は菓子木型のオンパレードで、和歌の浦・不老橋など和歌山の名所や、植物、動物、文様、文字に至るまで、とにかく多彩。子供が生まれた時に渡す鯛の菓子木型、長寿を祝う伊勢海老の菓子木型など、何を意味するのかの教養も求められるようです。展示の最後に松下電器の「ナショナル」の菓子木型まであり、クスリとしましたが、当時の産業界は特注でお菓子を注文していたんですね。

地味ながらも地方都市の文化がじんわりと伝わるセンスの良い展示で、地方都市の博物館めぐりが好きな人には高評価だったのではないかと思っています。

 


ところで、和歌山市民にとって駿河屋のお菓子といえば「本ノ字饅頭」と「蒸しプリン」でした。

和歌山の「総本家駿河屋」が2014年に経営危機に陥ったとき、ぼくの周囲では「駿河屋さんのプリンが食べられなくなった」という声が複数出ていたことが印象に残っています。和歌山市民にとって総本家駿河屋のポジションは「いいところだけれど、そんなに食べない」という感じです。ぼくは、なにより服務があまりマニュアル化されすぎておらず、かつ丁寧なところが好きです。

菓子木型を見たあと、総本家駿河屋の本店に立ち寄りかき氷を食べてきたのですが、残念ながら落雁は売られていませんでした。

 

ところで、京都の伏見は和歌山と縁の深いところで、明治時代、伏見のあたりは「紀伊郡」とよばれていました。紀伊郡は律令時代から存在した地名ではなく、明治維新後に設けられた地名で、この名前の由来は紀氏との関係によるものなのか、それとも紀州徳川家なのか。ぼくはまだ調べきれていません。

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